September 18, 2007
明日から
ども、です
明日からカンボジアにいってきます。アンコールワット@シェムリアップです。
中継地はバンコクです。
ちょいと、去年の話でも。
ちょうど一年前、バンコクでクーデターが起こったその日がタイ旅行の出発日だった。その日の早朝にタイでクーデターがあったことを知り、旅行が出来る状態か不安でたまらずに空港へ向かった。
通常ならクーデターがあるようなところへ出かけるようなことはしない。しかしながら、そのときは特別な事情があった。私の友人(高校時代からの悪友)が2日前から当地へ既に乗り込んでいたのだ。後からやってくると思っているのに悪友を見捨てて行かないわけには行かず、いざ空港へもう一人の別の悪友と共に...
空港へ到着し、旅行会社からチケットを貰った。その旅行会社の説明では、詳細はよく分からないがバンコク市内は比較的落ち着いており、午後からのオプションツアーは通常通り行う予定だ、との事だった。外務省からは渡航延期を考慮してくださいとの警告があったようで、旅行会社としても今回は特別な事情なのでツアーをキャンセルしても全額返金に応じる、とのことだった。
なんせ、情報が少ない。クーデターが発生してから12時間程度しか経っていなかった。とりあえず、友人が宿泊しているホテルへ連絡 (マンダリンホテルだったのですが、先日火災で報道されてましたね
スプリンクラーが設置されてなかったとか...)。 ホテルの受付につたない英語で友人の部屋につないでもらうように言った。(通じてるかかなり不安になりながら) しかし、部屋につないでもらっても奴は出ず。
何でこんなときに電話に出やがらないんだよ!!ったく!!
渡航の是非を決断するのに重要な電話に奴は出ない。しかも、あと決断までに30分程度しかなかった。2人で話し合った結果、とりあえず行くこと決めた。一番大きな決め手は、オプショナルツアーが午後から行われている、との情報だった。 いざ、バンコクへ
バンコクに到着すると空港は特に変わった様子はなかった。軍人が銃を持って警戒体制をとっているかもしれないと思っていたのだ。しかし、至って平穏な空気。本当にクーデターなんか起こっているのだろうか?
ドンムアン空港からバンコク市内は夕方のラッシュアワーでは1時間程度かかるそうだが、その日は半分の30分程度で目的のホテルに着いた。ホテル到着後悪友の安否を確認するためフロントに問い合わせたがあいにく奴は外出中のこと。
にゃろう! こっちの気も知らないで! 生きてることだけは確かだな
ホテルのチェックインの手続きをしてしばらくすると奴が偶然にも現れた。汗だくだ。こちらを見るなり涼しい顔をして、
おお、来たね。 外は落ち着いたものだよ。
だって。あんたの汗だく姿見れば、丸腰で外ほっつき歩いても問題ないことぐらい分かるってば!ホント、呑気なんだから。
私たちが電話したときはちょうど優雅に朝食を頂いてる最中だったとか。そういえば電話したのは日本時間で午前10時30分頃。タイでは2時間の時差なので8時半。ちょうどお腹が空く頃...って、納得いくか

というわけでクーデターは軍部が国王にタクシン政権の解除を求め、国王はコレをすぐに承認したため流血なしのクーデターに終わり、ドンパチ激しい抗争は起きなかった。バンコクでは夜間外出を控えるように言われたが、それほど大きな影響はなかった。
タイでは国民はみな国王を慕っていて、国王の決断にはほとんど従うようだ。今回も国王の承認がすぐ得られたために騒動は限定的だったのだろう。街中で戦車を見ることはあったが...
タクシン前首相自体、既に国外逃亡済みだったので、混乱は避けられたようだ。
なぜこうしてまで去年のことを書いているかというと、タイこそ私が英語学習を再開するきっかけを与えてくれた場所だからだ。
タイ観光もほとんど済んだ最終日、ひょんなことからタイ人の女性と一緒に食事をする機会があった。彼女は英語がペラペラだった。
なぜそんなに英語がうまいのか聞くと、どうやら彼女の姉がシンガポールにいて小さい頃からしばらくシンガポールにいた時期があったとの事だった。両親の都合で転々と移り住み、英語を学ぶ機会もそれなりにあったようだ。また、大阪に一時期住んでいたともいっていた。
当時の私は彼女の言うことが7割程度しか分からなかった。会話はほとんど彼女がして、私はそれに相槌を打つ程度であった。最初はお互いの興味もあってか、話は弾んだが、次第に彼女も自分ばかり話していることに気づいた。
「ところであなた、日本ではなにしてるの?」
”○○○○だよ”
「え? 本当に?私の知り合いの日本人で○○○○やってる人とも話したけれど、あなたより英語うまかったわ。あなたはもっと英語の勉強が必要ね」
もう、気分は最悪だ。 そんなことは英語ペラペラのあなたに言われなくても分かってるってば! おまけに同業者の日本人と比較されるなんて。。。
いや、薄々は気づいていた。もっとしっかり英語を学びなおさなければいけないことを。それを彼女が天真爛漫な性格ゆえにぺろりと吐き出してしまっただけのこと。うん、タイ人の陽気さは完璧なのだ。彼女が悪いのではないこともよく分かっていた。
もう、こうなったら一念発起!とにかく英語をやらねばならぬのだ。ここまで逃げて逃げて逃げまくって通常業務で英語を使わなければいけないのにずっとずっとサボってきた。英語を読んでいるだけで学ぶという真剣さが全然足りてなかった。よし、分かった。クーデターあったのにも関わらずタイまで来て、彼女に偶然に会って、私の英語力がまるで使い物にならないことを教えてくれたのだ。もう、私の心もクーデター。変えていくっきゃないじゃない!!
そう、このときからちょぼちょぼと英語学習を再開し、そして6月にjoさんのブログとであったのです。頑張れば感動。 真摯な気持ちと毎日の鍛錬でしか自分の目指すところにはたどり着かない!
今回、また自分の気持ちを確かめにバンコクに行ってきます。もう、あれから1年たってしまったのだ!また大事な何かを見つけられればと思っています。
ありがと
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コメント一覧
シェムリアップ自体はとってもキレイなホテルが立ち並んでいて、コンビニもありました。
私はカンボジアはシェムリアップしか行ったことないのですけど、何ともいえない気持ちになりました。
私達の年齢だと、ポルポトが死んだのって、本当につい最近って感覚であることとか、現地でガイドさんをお願いしたんですが、彼の日本語がアクセントはともかく語彙がものすごく豊富であることとか。
日本人観光客が多いから、動機は割合持ちやすかったのかもしれませんが、それにしても教育っていうものが一旦破壊されまくった国で、まだ復興中という環境で、よくここまで・・と思うと、英語すらまともに使えない自分が恥ずかしくなりました。この教材がいいとか、あれこれ選べて、快適に勉強できる環境でありながら・・と猛省しました。
久々にその気持ちを思い出しました。
貴重な体験ありがとう。今回の旅行も例の悪友と一緒なんですが、当初はホーチミンに行く予定でした。そこからシェムリアップへ足を伸ばす予定だったのですが、どうにもホーチミンへ飛ぶ飛行機の都合がうまくつかずホーチミン目的がいつの間にかアンコールワット目的になっちゃいました。思いがけないバンコク行きなんです。
私たちが英語を学ぶ環境はここ10年ほどで劇的に良くなっていると思います。こんなに環境がいい状態で英語すら身につかなかったら本人の努力不足といわれても仕方ないですね。
これからも頑張りたいです。たまにこうやって刺激してくださいね
kpinkcat〜〜〜〜〜!!見送れなくてごめんよ〜! 土産話を待ってるジェイ!!
こんばんは!!
いなくて残念です...
更新sto状態から復活してきました。
無事に帰ってきてください。
ビビちゃんとまってるで...!!
帰ってきましたよ!もちろん無事です。シェムリアップから一度だけネットを確認しました。ビビちゃんのコメント見てうれしくなっちゃいました。相変わらず、ビビちゃんのショートコメントはイケテル! ネット見送りなんてオシャレ?(笑)
土産話...してみようかな。
jo さ〜〜ん、お帰りなさーい!!
首をなが〜くしてまってましたぁ!
私も無事帰ってきました。
自分の独習がなかなか思うように行かず苦しんでますが、
体験記
充実させて行きたいです。さて、1年ぶりに心の整理もしてきました。
joさんに置いていかれないようにしがみついていきたいですね(笑)